右の眼窩

薄暗くて狭いところ

自称勇者の愚痴

あれ、このあたりに人なんて珍しい。行商人も滅多に通らないのに。道に迷った? それは災難だったね。どこに行こうとしてたの? なるほど、そういえばそこの橋が流されてたっけ。大丈夫だよ、この道をもうしばらく行くと別の橋があるから。うん、ぐるっと迂回することにはなるけど、明日中には着けるんじゃないかな。
あの村まで何をしに行くの? 見たところ行商人ではなさそうだけど。――ああ、そう。それはお疲れ様。気が急くだろうけど、まあ、夜道は危ないから、明るくなるまではここにいるといい。川も近いしね。君が怪我でもしたら、それこそ時間がかかってしまうからね。カエル食べる? いらない? バッタは? いらない。あ、そう。うん、火は使っていいよ。鍋も、さっきカエルとバッタ炒めたやつで良ければ。いらない。あ、そう。
うん? ああ、ふふ、僕は勇者だよ。そう、魔王を倒すために旅をしている。いやあなんか、泉の大妖精の加護を得ようと訪ねてみたらお使いを頼まれちゃって。そんな場合じゃないのに、なんだかんだのんきだよねえ。いや、魔王と直接関係はないんだけど、そっちの森に少し開けたところがあってね、ゴブリンが住み着いてるんだ。それもかなりの量。討伐しておかないと遅かれ早かれ近くの村が襲われる。
 
きみ、腕をちぎれるまでねじられたことはある? 目玉や内臓を引きずり出されたことは?
やつらはね、ヒトで遊ぶんだ。死ぬまで、できるだけ殺さないように気をつけながら。二匹や三匹なら、村中で協力すればなんとかなるだろう。でもあの量は無理だ。戦えるもの立ち向かったものから殺されて、後は順番に嬲り殺しにされるだろう。……わかってるよ、魔王討伐だって十分に急務だ。でも、そのために村ひとつ見捨てるっていうのはどうしても嫌でね。だからどうにかして討伐しなきゃならないんだけど、そのためにここ数日で三回死んでるんだよね、僕。数日って、まあ、僕の体感だけど。一回死ぬと死ぬ前まで時間ごと巻き戻るからね。
同じ敵に三回もぶち殺されたら、さすがにこれは無理だなってわかるでしょ。くだらない用事を言いつけられて腹が立っても大妖精の加護を得なきゃ。……こうして使われてる間に、手遅れになるのかもしれないけど。あの妖精だって同じだ、別に、僕ら人間の味方なんかじゃない。本当は人間がどれだけ死んでもどうでもいいんだろう。足掻く姿が見たいだけ。うん? ああうん、一回やったことがある。でもそもそもダメージが通らなくてさ。
 
勝ったところで、ゴブリンの角なんか町に持ち込んでも二束三文にしかならない。使いみちがあんまりないからね。十個売ってようやく一食分に足りるか足りないかくらい。何度も死んで、人を助けながら、宿にも泊まれず食事も買えず、こうして道端のきのこや草や木の実、カエルとかバッタなんかを食べて暮らしてる。幸い不老不死――不死っておかしいのかな。一応死んでるわけだし……まあいいか。そんなだから、間違って毒キノコなんか食べたって平気。前にヤバいの食べちゃって一晩血を吐き続けて死んだことがあるけど、今はピンピンしてる。
え? あ、いや、いいよそんな、悪いし。つい愚痴っちゃっただけでたかろうとしたわけじゃ――……いいの? 本当に? お金も何もないよ? ……そう、じゃあ、ありがたくもらうけど。……わ、すごい、おいしい。はは、おいしすぎて胃がひっくり返りそう。麦なんていつぶりだろう。嬉しいな。
 
うん。そのへん一応、王様は気を使ってくれてる。気を使ってくれてた、が正しいかな、もう亡くなった人だから。でもねえ、世の中そんなに単純じゃないよね。いや、信じてもらえないのはまだ良い方だよ。石を投げつけられたり罵倒されたり、ひどいときは斬りつけられたこともある。『どうしてあと一日早く来てくれなかった』って泣かれたこともあったな。ちょうど娘さんがひどい死に方をした翌日に訪れたらしい。遺体は見てないけど、僕も死んだことがあるからね、どういう状態だったのかは想像に難くない。……ごめん、今の、ジョークのつもりだった。ごめんね。
ああ、うーん、たぶんだけど、怒れる対象が目の前にいるからじゃないかなあ。魔王とかそれこそ目の前にいないし、ゴブリンとかは言葉が通じないし。目の前にいて、言葉が通じて、安全だからこっちに怒りに来るんだと思う。僕はそのへんの町人を斬ったりしないしね。え? はは、しないよ。
 
うん、眠るといいよ。僕は日が昇るまで起きてるから。いや、もともと夜は寝ないんだ。一度、鹿だったかなんだかに荷物を荒らされてひどい目に遭ったからね。
 
やあ、おはよう。荷物は無事だよ。野生動物はもちろん、僕も指一本触れてない。うん。うん、気をつけて。この時間からなら日没までには村にたどり着けるはずだよ。
ん? ――ああ、うーん、なんていうかな……うん、まあ、たまに愚痴りたくなるんだ。それだけだよ。頭のおかしな旅人に作り話を聞かされたと思って忘れてくれ。
麦粥をありがとう。君の旅路が安全でありますように。
 
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BotWで宿に泊まるためのルピーが足りず焚き火を眺めて時間をつぶすリンクを見て「救世の勇者ちゃうんかお前……」と思ったので書きました(本文はゲームと無関係です)