右の眼窩

薄暗くて狭いところ

いいことをしたという話

 漫画を買おうと思って本屋さんに向かう道中で白杖を持った三人組に出くわした。一人は地下鉄に向かうようで、残るふたりに手を振って「お気をつけて!」と笑っていた。見えないのに手を振るのか。見えないのに笑うのか。あるいはちょっとは見えてる人たちなのか? と思って取り敢えず通行の邪魔にならないように避けようとしたらそこに残ったふたりのうち片方が「すみません」と声を上げた。見ると、誰の方向も見ていない。虚空に向かって「すみません」と言っていた。つまりこの人はまったく目が見えていない。

「誰か、タクシー乗り場まで連れて行ってください」

 タクシー乗り場。この辺にあったかなと思ってぱっと周りを見ると、三メートルそこそこのところにタクシーが停まっていた。私は彼らに声を掛ける。

「すぐそこにタクシーが停まっています。案内します」

 彼らはぱっと笑って「ありがとうございます」と言った。こちらは目が見えているので彼らには笑う意味がある。さっきのはなんだったんだ。「先導しますから捕まってください」と言うと彼らはまた「ありがとうございます」と言って、一人が私の腕を掴み、もうひとりがその後ろに続いた。

 タクシーが停まっている場所までは遠くない。段差も障害物も特に無い。ゆっくり歩けば大丈夫かなと思っていたら、彼らは都度すこし歩くのをためらった。そうか私の足が邪魔で白杖を取り回せないのだなとかそりゃ知らん人を急に信用して歩くのは難しいよなとか思うんだけどちょっとどうしていいかわからない。

 タクシーの横について「タクシーが今ここにいます」と説明するのだけどせめて左右くらい言えればよかった。タクシーのドアが開き、後ろに居た彼らの片方にガツンと当たる。彼らはわたわたしながらタクシーに乗り込み、「ありがとうございました」とまた笑った。お気をつけて。私もなんとなく笑った。向こうは私の顔なんて見えないんだろうに。

 よいことをしたから徳ポイントが溜まったなと思ったのだけどふらっと寄ったはなまるうどん(初めて入った)がびっくりするほど安くて(なにしろかけうどんが三百円もしないのだ、ひどい価格破壊だ)ついイカの天ぷらとちくわの磯辺揚げを乗せてしまって徳ポイントがチャラになった。揚げ物は控えようと思っていたのに。